たかえねくんの「想いよひとつになれ」の体験記を読んで、僕が思ったことを書き殴る記事




たかえねくんは自分のAqours 1st lovelive!の感想を「寄稿」という形で表現しました。

自分の衝動、熱を伝えたい。形にしたい。そういう気持ちで筆を執る。実に良いことです。

僕はその行動を評価したい。そうして、伝えたかった熱が僕に伝わりました。

 

だから僕は、こうして記事を書いた。Twitterのリプライやメッセージ程度では語り尽くせないテキストが脈々と湧いてきたのです。

 

そして、その記事を多くの人に読んでもらいたいし、彼の熱を共有してほしかったから。

この記事は他の人の記事の紹介になるのですが、良ければご覧になってください。

この記事は他の記事の感想みたいな位置づけです。

コメレスでやれよ、という話なんですが、それではその場で閉じた話になってしまう。

僕は読んだ記事を共有したいし、僕はこれを読んでこう思った!君らはどう!?みたいな感じで、それが広がればいいな~、なんて目論見もあったりします。もちろん、やれとは言わないですよ。自然に手が動いて、感想を伝えたいって思った。そういう人だけでいいと思います。

ですので

 

“想いよひとつになれ”〜Aqours1stlovelive体験記〜

上の記事を読んで、それで良かった!!って思ったら、このブログに戻ってきて

僕のこの記事に対する感想とか、そういうものを読んでくれればいいなと思います。

 

そうでない場合、この記事はあなたにとって有益性は0なので、ブラウザを閉じるか、僕の感想を読んで下さい()

Aqours 1stライブ レポートその③  未熟DREAMER/想いよひとつになれ

 

さて、感想です。

ここのテキストを読んでくれているということは、上記の記事を読んでくれたのだろうなと思います。まだなら今すぐ読んでこような!そうして感想を共有しような!な!少なくともこのブログの10000倍ぐらい真っ当に「文章」しています。

 

語りかけるような文章が、それを意識させてる部分もあるなぁ。って。

もちろん僕は自分の「想いよひとつになれ」の感想についても遜色ないものだと自信が持てている程度には「書き切った」と思っていたのですが、脈々と言葉が出てくるあたり、まだまだ語りきれてないみたいですねw

 

まず、手を取ったことがすげえよな、ってこと。

“想いよひとつになれ”〜Aqours1stlovelive体験記〜

これ、うのくんのブログなんですが、書いたのはたかえねくんです。

どちらも僕のお友達ですが、自分を表現したい、感想を共有したい、それを世界に発信した、分かり合える人間を探したい、そういういろんな目論見があったと思います。

 

自分でブログ持ってないからブログ持ってる人に寄稿して、掲載スペースの確保を依頼した。

彼にとってブログというステージは恒久的なものではないのでしょう。

 

ただ、今の熱を、これからのことはいい、だから、寄稿でいい。ただ伝えたい。

 

そう思ったんだと思います。わかんないけど。がむしゃら感が出てていいな~。

って思いましたよ。ラブライブ!って感じだ。

 

Twitterなんかがあるこのご時世、ブログ文化ってのもなかなか廃れたものです。

収益モデルとしてのブログはたくさんありますけど、趣味でガッツリ書いてる人ってあんまり居なくなったな~って。そんなご時世に筆を執った。

 

今の熱を、形にしたかったんだろな~。いいなぁ若さって思う。ほんとラブライブ!って感じがするね。輝きたいけど、やり方もわからないけど、ただ走り出したかった。みたいなものを感じます。若さの輝き。つらい。

 

さて、前段はさておいて、ぼちぼちと記事のことに触れていきましょう。

 

『みんなが独りになった瞬間』

 

世界のすべてが静止して、その中に自分の意識だけが介在しているような、けど、手は動かない。ほんの数瞬なのに、面白いほど長いような、粘着質な時の流れに身を委ねているような。

なかなか経験しないような感情を、僕も抱いたことを覚えています。

交通事故なんかにあったときに近いような感覚ですね、現実として認識するまで、それを脳が処理できずに、スローモーションになるように感じられる現象に似ていました。

そう、それは「想いよひとつになれ」にて、逢田梨香子さんがピアノを失敗した「DAY2」の瞬間です。

 

僕はその最中、演出だと思う瞬間もありました。それだけAqoursの行うパフォーマンスが、いい意味で期待を裏切り続けてくれたので、失敗という現実に対して認識が働かなかっただと思います。

 

しかし続いて、思わず溢れた「ごめんなさい」でした。それは本心でしょうし、いくらメンバーを信じていたとは言え、メンバーを信じていたからこそ失敗したときの段取りを用意していなかった。だから「ごめんなさい」

 

この時に漏れた「ごめんなさい」は誰にとってでしょう、僕らでしょうか、それとも支えてくれたメンバーでしょうか、関係各位、はたまた、「桜内梨子」でしょうか。

それは誰も知ることは出来ませんが、おそらく挙げたもの以上に多くのものを含む人たちに対する本心からの謝罪でしょう。

 

裏切ること、裏切ってしまうこと。それは関係性の遮断、隔絶です。

誰しもが失敗した時、誰かの期待を裏切った時、その瞬間はつながりを持っていた人間、関係性の揺らぎを、隔絶を考えます。

 

涙を流し、面を覆い、謝罪を口にする。自分が「裏切ってしまった」ことですべての関係性や空間やプロジェクト、自分を、自分たちを信じてくれていたそれらを裏切りってしまった、「隔絶してしまった」

そのことに対して大きな責を感じたのでしょう。

彼女はその瞬間、紛れもなく「独り」だったと思います。

 

たかえねくんは文中に”真っ白な空間に僕は独り”と表現しています。それは僕らもそうですが、彼女にとって”真っ暗な空間に彼女は独り”だったように思います。

そういう事象が発生し、流れが途絶えたその瞬間、他のメンバーも「独り」になったことでしょう。

 

隔絶は、埋めて「繋げ」ばいい。

たかえねくんは文中で「繋げること」を”最高の空間”と称します。

「独り」の人間を「独り」から救うには、どうすればいいでしょうか。「手を差し伸べる」ことですね。それは僕らもそうですし、キャストで、グループのメンバーで、一員で、”9人でAqoursの彼女たち”からすれば、当然すぎる行動です。

 

一瞬でも「独り」になってしまったものの、それを「繋ぐ」ことも出来る優しく暖かな人間関係、空間、そうして「裏切って一人になる、なんてことはない」を教えてくれる人たち。

彼女にとっても心強くて、それは光明ですらあったのでしょう。

 

もともと、失敗をしたことのことは考えない。それだけメンバーを信じていた。

それは裏を返せば、それを容認してくれるメンバー全員が逢田梨香子を信じていたのです。

 

失敗し、隔絶し、裏切ってしまい、それは自責に押しつぶされる思いでしょう。本来考える余地もない、信頼しているメンバーからの失望さえも、本意ではないによ、頭をよぎったことでしょう。それは”裏切ってしまったから、失望される”という人間の本能的な「恐怖」です。

当時の心理を想像することすら出来ませんが、そう考えてしまってもしょうがないです。だからこそ「ごめんなさい」が漏れたのかもしれません。

 

けれど、そうではなかった。Aqoursは9人だ。9人でAqoursだ。誰かが躓いたら、止まって立ち上がるまで待てばいい。今回もそうです。独り暗がりに佇んでしまったのならば、自分が灯りになろう。誰も独りじゃない。みんなと一緒に立ち上がれる。そんなものを、まざまざと見せつけられて、ましてや9人ではなく、あの壇上で”18人の影”さえを観ることが出来た。

 

僕らに何が出来る、僕ら観客に何が出来る、多くの人が逡巡したでしょう。僕だって逡巡しました。迷いました。声援を送るべきかどうか、けど、送った。僕は送った。彼も送った。だってそれが、僕らに出来る最大の”応援”だからです。

僕らは、彼女に立ち上がってもらうことを望んだ。威圧にもなるかもしれないと思いつつも、魂の熱を乗せて、それを彼女に伝えるにはそうするしかないと思ったんです。沈黙は肯定です。熱を冷ます行為を、水を差してしまったことを肯定することになってしまう。違う。あの会場で、誰もが、彼女が、いや「彼女たち」が立ち上がることを望んだのです。

 

これは結果論でしかないですが、結果として彼女は持ち直してくれた。僕らのために、そして、「裏切ってしまった」ひとたち全てに「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」で最高のパフォーマンスを返してくれたのです。馬鹿が付くほどドラマティックな展開だと思います。

たかえねくんも言ってますが、僕もほんとにそう思います。

あの場に居た人間にしか伝わらないと思いますが、それでいいです。

あの瞬間、そして、あの場所、紛れもなく”最高の瞬間”だったのです。

 

そんな熱を、ライブを終えて2週間以上が経過している今でも、すぐさま思い出させてくれるような文章。大変良いものを読ませてもらいました。と、スーパー感銘を受けたのでご共有させていただいた次第です。

 

もう、感想っていうか、たかえねくんの記事を読んで自分の熱もぶり返したから

それを思い出しながら叩きつけてるって感じの記事になってしまったのが悲しいところ。

 

けれど、彼の本意ではないかなと思います。それって、自分の感じた熱を誰かに伝えて、それが作用したったことなんじゃないかなって。

少なくとも僕には届いたし、僕は自分の文章のレベルを疑いすらした。嘘だろお前、なんで18歳がこんな文章書けるんだよと。それはそれで、いい刺激ではあったんですがw

 

この記事を読んでる人が、何かしらの思いを抱いてくれていたら、それこそライブのことを思い出してでもくれれば、僕はこの記事を書いた甲斐があったもんだと言うことです。

 

感想とかあれば、たかえねくんが寄稿している「オリオンをなぞりたい」でもいいですし、この記事でもいいですし、本人(@_siroK)に直接でもいいのかな、送ってあげると喜ぶと思います。

筆を執れ若人、とは言わんですけど、あなたの共感した、という想いが、彼の第2作に、繋がるかもしれません。それってラブライブ!って感じがして、ステキだなって思いますね~!

なんか、めっちゃ長文になってしまった。それだけ良かったということです。誇れ!!!w

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