今日で、μ’s Final Lovelive!から1周年です

早いものですね、時の流れというのは。

このブログでもμ’sのことを取り扱うことは減っていきました。それは仕方がないことですが。

今日は仕事が終わったらファイナルのBlu-rayを観ようと思っていましたが、そこそこいい時間に帰宅してしまったので、思い出を振り返る記事でも書き記しておきましょう。

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長かったような、短かったような、そんな1年間でした。

μ’sと僕の距離感、別にそんなに離れてなくて、ファイナルライブは確かに一区切りではあったものの、今生の別れではなかったのです。

確かにμ’sロスと呼ばれる時期が1ヶ月ほどありましたし、今でもMOMENT RINGや僕たちはひとつの光、SUNNYDAY SONGなんかを聴くと泣くんですが、それって完全に別れを意識するわけではなく、思い出が蘇ってくる、という表現が近しいです。

今生の別れだと思っていないので、あまり寂しさも感じていない。

僕はμ’sから

「これから」を考えること、そして

「今」の大切さを学ばせてもらったと思っています。

「これから」を考えること

μ’sは6年の月日であっという間にすごい高みへと駆け上がっていきました。それは伝説的なまでにも、早く、大きく。それって、今を駆け抜けたということです。

そんなμ’sと駆け抜けてきた時間、それはずっと大切な記憶です。

μ’sは長い間脚光的でした。それこそ4thと5thの間ではユーザーの量が爆発的に増えて

「ラブライバーってこんなに居たの!?」と思ったことも多くありました。

Aqoursに世代を交代するにあたり、スポットライトは徐々に離れていきました。けど、それでいいんですよ。「これから」を見て、僕らも歩いていいんですよ。

熱狂することのすばらしさを教えてくれた。

μ’sはプロジェクトこと始祖で、ラブライブ!プロジェクトとしての立役者です。僕達を熱狂させてくれました。何かに熱狂することの楽しさ、愛しさを教えてくれました。彼女たちの輝き、それは限られた時間の中での輝きでした。けれど、だからこそ、「これから」に繋がります。いつまでも魅せられていたいですが、現実はそうも行かない。僕らも、彼女たちも「これから」を考える必要があります。

μ’sに出会う前に好きだったもの、熱狂的だったもの、思い出すのは少し苦労しました。それほどまでに熱狂的なものに出会えたんですね。そのことには多大に感謝しています。

ただ、それは永遠に続かない。その時間の、思い出を永遠にすることが出来るけれど、どうしても一区切り置く必要が出てきます。

それが永遠ではない以上、どうしても訪れるべき問題です。

けど、それって全然良いことです。彼女たちは何かに熱狂できること、打ち込めること。愛せること。それらを教えてくれました。

だから僕は、寂しくないと言えば嘘ですが、気持ちの整理をすることが出来ました。

悪く言えば移り気ですが、「これまで」があったから「これから」を見据えることが出来て、そうやって紡がれていくんだな、ということを教わった気がするのです。熱狂はいつまでも続かない。

けれど、次の熱くなれる瞬間を追いかけて、探し求めて、そんな「これから」を見据えること、言い換えるなら「思い出」の大切さを教えてくれました。そう考えることで、次の記述する「今」が一層輝いてくるんですよね。

もちろん痛みは伴います。けど、痛みを伴うほどに好きで、愛しているということで、僕は誇って良い感情だと思いますけどね。

連続する「今」

それこそ、僕らは今のなかで、という曲にもある通り、μ’sは連続して今を駆け抜けました。今しかできない瞬間を、今しかできないメンバーで、今しか過ごせない時間を、ともに駆け抜けていきました。それって今の連続で、そして、そのすべての時間が「最高」だと言えるものでした。

僕たちはひとつの光という曲でも、声高に「今が最高!」と歌われています。もちろんその瞬間を切り取った「今」は「最高」でした。ただ、この曲が本質的に言いたいことは、μ’sが僕らに伝えたい事は、もっと別の意味があったんじゃないかなって思ってます。

今って、生きている限り連続するんですよ。最高だと思える瞬間が、これからも連続すれば、人生ってとても楽しいと思うんです。

辛いこともたくさんあるんですけど、それでも最高だと思える瞬間があれば頑張れるし、過去に過ごした時間が「最高」であることは疑いようがないですが、上限バーを過去に設定すると、未来が閉ざされてしまいます。

だから彼女たちは時を巻き戻さないし、「今が最高!」を謳いながら未来へと進んでいきます。

僕らもそうじゃないかな、そうあるべきじゃないかな。なんて考えます。

思い出にして、あまり触れる機会はなくなっていくかもしれないけど、特にファイナルライブから1周年である今日なんかに、こうやってμ’sに、心の宝箱から取り出して、触って、懐かしんで。

それって忘れたことにはならないし、今でもファイナルライブが昨日のことのように思い出されるし、聴く曲の捉え方も変わっていたりして、感慨深くなったり。それって紛れもなく愛しているからじゃないでしょうか。

僕は、そんなことをμ’sから学んだと思っています。

なので、1周年で、別にもう会えないわけじゃない。少し優先度は下がるかもしれないけど、嫌いにもならないし、無関心にもならない。最近だとSIDのコミックス2冊ぐらい発売されて買ったし。

彼女たちと過ごしてきた時間はかけがえのないものだったし、今でも大切な時間だったと思っています。というか、別に今でも離れているわけでもないので、あんまり「1周年なんだ」とか、改まって振り返るような気持ちもないんですけどね。μ’sic foreverだ!

とはいえ、こうやって、振り返って、浸るのはいいことですね。

懐かしんで、浸って。そういうものって、なかなか出会えるものじゃないです。特に今みたいなコンテンツと情報が激動的な時代ではね。

μ’sに出会えたこと、本当に感謝しています。ありがとうございます。

最後はこの言葉で締めくくりたいと思います。

これからはもっと、よろしくね!!

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